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MA-YU 学園編4 「かぶらぎ、せんせい」 5 

カテゴリ:MA-YU

    5

「おかしいな」

 良明は何度目かの呼び出しを試みて、家への連絡を断念した。

「今日は早く帰れるって連絡しようと思ったのに」

 携帯電話は仕事用に与えられたものだ。私用には使うべきものではないので、まゆには番号を伝えていなかったが、「うそ、あの子に番号伝えてないって、もしもの時にどーするのよ!?」と社長にキレられて、帰宅時間の連絡かたがた番号を教えることにしたのだ。

 しかも、明日からの連休もちゃんと休めることになった。まゆと二人、どこか旅行でも、と思っていた。

 ここのところ、まともに会話さえできず、学校の様子も聞けていない。名門学園でうまくやっているかどうか、本当は気になって仕方がなかった。

 だが、良明の勤め先である出版社が未曾有の資金繰り難に陥り、社長は金策に走り回り、良明は営業仕事を一手に引き受けなければならなかった。得意先の接待も、もちろん全部仕切らねばならない。休みなしに駆け回っている社長のために、子守も買って出なければならなかった。ただ、この状況を招いたのはもとはといえば良明の失敗で大口客を失ったせいなので文句はいえなかった。

 そして奮闘一ヶ月、なんとか危機を脱したところで、良明にはご褒美休暇が下しおかれたのだった。

「まあ、豪勢なところは無理でも、一泊で温泉くらいなら」

 そういえば、かつてまゆを連れて温泉郷まで逃げたことがあった。

 別れが目前に迫っていた。追い詰められて、切羽詰まったあの夜、身も心もまゆとひとつになれた気がする。

 あんなに誰かを愛したことはなかった。その気持ちは今も変わらない。

 ただ、一緒に暮らせるようになったことで、逆にその気持ちをうまく表現することができなくなっていた。

 まゆは、まだ十二歳でしかない。

 結婚できる年齢になるまであと四年――だが、まゆにはちゃんと高校、大学に進んでほしい。まっとうな学生生活を送るなかで、自分がなりたいものを見つけていってほしい。それがたとえ、良明との生活に終止符をうつものだったとしても、それはそれで仕方ない――そのときの自分がそれに耐えられるかどうかはわからないが――

 理屈ではそう思っていても、日に日に女らしさを増していくまゆとの同居は良明には拷問に近かった。

 まゆが望んでいることもわかっているし、あからさまに誘惑されもした。そのたびに少女を押し倒したい衝動にかられた。それを隠すためにあえて冷淡なふりもした。

「ま、いろいろあったってことはわかるし。あんたのことだから、あの子の意志を踏みにじってひどいことをするとも思わないし――でも、避妊だけはしっかりとね」

 社長にそう言われて絶句したのはつい最近のことだ。そういえば、接待で酒を飲み過ぎて――「おれの酒がのめねえのか」タイプのタチの悪い客だったのだ――社長に家まで送ってもらったことがあった、その翌日だ。

「健也が男でよかったかも……」

 と続けられたのには正直ヘコんだが。
 子供だったから好きになったんじゃなくて、本気で惚れた女が十歳児だっただけです――と言い切るだけの勇気はさすがになかった。

 ともかくも、ひさしぶりの休暇をまゆと過ごしたい。すこしでも埋め合わせをしたい。そして、まゆが望むなら――コンドームの買い置きあったっけ――

 そんな下心もありつつ、電話をしていたのだが……

「どうしたの? デートの約束、とりつけられなかった?」

 社長の里佳子だ。連日の激務で少しやつれているが、それでかえって色香が増している。いかにも喪服が似合いそうな――里佳子は実際に未亡人だが――成熟した色っぽさである。

 酔っていたとはいえ、良明はこの里佳子と口づけしてしまったことがある。それも濃厚なヤツだ。里佳子の方が覚えていないのがせめてもの救いだが……

 今日はほかの社員も定時であがり、事務所に残っているのは良明と里佳子だけだった。それが良明には少し気づまりだ。

「そんなんじゃありませんよ。まだ帰っていないみたいで」

「え、まだ? もう七時だよ」

 里佳子は帰り支度をしながら時計を見る。

「門限とかないの? あの子めちゃくちゃ可愛いじゃん。あぶなくない?」

「まゆは――っと、あいつは不良じゃないし、門限とかなくても大丈夫ですよ」

「まゆちゃんか……へーっ」

 里佳子がニカニカ笑う。と、急に笑いをおさめ、

「でもさ、あの年頃の子はわかんないよ? あたしもいろいろ覚えたのはあの年頃だしね」

 ややマジメな表情になる。

「いや、なんていうのかさ、自分がわかんなくなっちゃうんだ。自分にとっての『大切』の優先順位も狂うし――」

 たった十年と少しだけの経験で、大人の世界と子供の世界の両方に接することになる――混乱しないはずがない。一日一日、身体のどこかが変化して、新しい経験にさらされる。

「そんな時にちゃんと側にいてあげないと迷っちゃうんだよ。大切なものを守ろうとして、一番愚かな方法を採ってしまうこともあるしね」

「はあ……」

 言わんとすることはわかる。が、まゆと自分の心のつながりは揺るぎない。誰にも立ち入れない強さがある――良明はそう思いながらも漠然とした不安を抱く。

 ここ最近、まゆが綺麗になりすぎている。胸がふくらみ、腰がまるみを増し、手脚が伸びやかになり、立ち居振る舞いがいちいち女らしい。もともと可愛い子だった。ぱっと目を引く顔だちで、声や仕草にも愛らしさがあった。だが、最近のまゆは、「一般的な可愛さ」のレベルを超えている。「絶世の」という冠がつきそうな勢いだ。テレビをみていても、まゆくらい容姿が整っている少女を見かけることはそうないくらいに。

 良明のひいき目ではなく――むしろ一緒に暮らしている分、まゆの変化には鈍感なくらいかもしれない――周囲の評判もそうらしい。近所の奥さんからも「女優さんになれば絶対有名になるわよ」と勝手に太鼓判を押される始末だし、まゆについていろいろ訊かれることが多くなった。表向き、兄妹ということになっているので、「妹さんがスターになったらお兄さんも鼻が高いでしょう」と言われて返答に困ることもしばしばだ。

 誘惑もあるだろう。町を歩くと、やたら男の人に声をかけられてこわい、と以前言っていたし――

 もしかして、と思う。

 こんなことなら携帯電話を持たせておくんだった。まゆは良明の経済状況を知っているから、決して自分から欲しいとは言わない。無理に持たせるしかない。

 なんだかとても心配になってきた。

 ともかくも帰宅のために会社を出る。

 ついつい駅への足が速くなっていく。

         つづく

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